棟梁 松崎齊(ひとし)です。

松崎 齊松崎 齊(ひとし)です。
地元の横田高校を卒業後、
昭和30年に大工 藤原徳市氏の元に弟子入り。
昭和36年4月。屋号を松崎建築として木造建築請負を始める。
皆から棟梁と呼ばれ49年。
同時に、松崎建築も2011年で創業50年になりました。

創業当時、車はなく、自動二輪の大型バイクで大工道具を乗せて仕事に通っていました。
木材加工は、現地で作業小屋をつくり、全て手作業の時代でした。
高校時代は、無線部に所属し、趣味でラジオやレコードプレーヤーなどを手作りしていたぐらいに、子供のころから手先が器用で、機械ものには目がありませんでした。

そのせいか、独立してからも、建築機械も新しいものをどんどん取り入れ、加工場も増築。
仕事量も順調に増え続け、まさに絶好調!!
昭和46年に、職業訓練指導員免許(第500号)取得。
当時は、8人の弟子をかかえ、作業場での木材加工時などは、大工が競い合っていつも活気がありました。設計も自分で行っていましたが、資格がなく、申請図面は設計者に委託していましたが、長男(隆利)が二級建築士を取得したのをきっかけに、二級建築士事務所を開設し、申請も行えるようにしていきました。
(今思えば、この時長男は、千葉にいたのによく登録できたものだ。)

当時は営業というものをした経験が全くなく、仕事の依頼はいつも電話や訪問で、こなせないほどの仕事量に、どうやって断ろうかといつも考えていました。
(今では、考えられないが・・・)

平成5年に、二男(好明)が大工になり、これで後継者ができたと、とても喜びました。
ちょうど3年がたち、二男もそこそこ仕事ができるようになった頃、平成8年に大手の建設会社に勤めていた長男が家業を継ぐために地元に戻ってきました。
それまで離れの2階が事務所でしたが、これを機会に事務所を新築。
同時に、事務所も一級建築士事務所に昇格。

これで、設計から現場管理、大工と全て整ったと喜んでいた矢先のこと。
農作業で、稲を運搬していた二男の運搬車が横転。
二男はその下敷きになり、この事故がきっかけで肩を壊し、二男は大工を断念。
二男は、失意のため、家を出て行ってしまいました。

このころから、徐々に仕事が減ってきました。 この時の大工職人は3人。
長男も少しずつ慣れ、設計・現場管理は一人でこなしていましたが、仕事量が減るにしたがい、営業の必要性を、家族全員が大きく感じようになりました。

ケガから大工を辞めざる得なかった二男と話し合い、平成11年に二男を営業として迎え入れ、現在の体制となり、営業なんてやったことのない者ばかりが必死に考え、試行錯誤を繰り返しながら、少しずつではありますが、新たなお客様との出会いも増えてきました。

奥出雲の地に根付き、多くのお客様との出会いがあり、これからも地元に根付いた地元工務店だからこそできる仕事をしていきたいと思っています。
今回のホームページリニューアルを機に、第一線は息子たちに任せることにしました。
これからは、現場職人半生の経験で、息子たちおよびお客様の家づくりのサポートしていきたいと思っています。

新しくなったホームページを通じて、新たな出会いを期待しています。
何卒、よろしくお願い致します。


米作りもやっています。自称「米作りの天才」です。(笑)
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