松崎隆利です。

松崎隆利松崎建築代表の松崎隆利です。
この度、ホームページリニューアルに伴い、父より代を継ぎ、松崎建築の新代表となりました。

新代表として、まだまだ未熟な点も多いかと思いますが、今まで以上に、奥出雲に無くてはならない会社となれるように頑張っていく所存です。何卒よろしくお願いします。

私は、父親が大工だったこともあり、子供の頃から建築に興味がありました。
「大工になる」と、小学校の作文に書いたのを覚えています。
中学になり、進路は工業高校を選択。しかし、そこは大工ではなく現場監督や設計の仕事をするための学校だったことに、入って初めて気付きました。

昭和57年 松江工業高校建築科を卒業後、大手の建設会社に就職しました。
超高層の経験はありませんが、十数階のマンションや、旅館、事務所ビル等の工事には多数携わりました。当時の配属先は、東京本店。寮は千葉県でした。初めての都会に、上ばかり見て歩いていたように思います。^^ここで、全国の人と知り合いになり楽しい数年でした。

5年後に希望を出し、山陰支店(島根県松江市)に移動しました。
この山陰支店に変わったことが、のちの家業を継ぐきっかけの一つになったのは間違いありません。山陰支店で扱う物件は、旅館の建物が実に多かったのです。元々、木造に興味があったのですが、旅館は、構造はコンクリートでも、その中には、木がいっぱい。木の魅力と難しさにひかれました。

平成8年に、家業を継ごうと決意し退社。地元、奥出雲に戻ってきました。
戻ってきてまず驚いたのが、現場のだらしなさでした。
会社組織にいた自分からすると、安全意識も薄く、10年は遅れていると感じました。

これは何とかしないと・・・。と思うものの、現場職人さんは、長い間、そうした現場でやってきているのですから、当然ながら、そういった状況が当たり前になっています。
私が考える現場と、職人さんの考える現場の違いは大きく、こうした意識のズレから職人さんとの間はどことなくギクシャク。

ある時、父親の『もっと、肩の力を抜いて、気楽にやれ!!』この一言で、ぐっと楽になったことを覚えています。それから、少しづつですが現場職人さんの意識も徐々にあがり、お客様からほめて頂くことも増えてきました。
『いままで頼んだ会社と違って、あいさつは出来るし、掃除はきちんとしてくれる。』
と褒めて頂いた時には、本当に嬉しく思いました。

趣味は海釣りです。防波堤で釣った石鯛がきっかけで、海釣りにはまりました。
海釣りの日は、あり得ないぐらいの早起きをし、妻のひんしゅくを買っています
「普段も早く起きてね」と 耳が痛いです。^^

冬は、スキーです。最近、中三の息子のスピードに付いていけません。
肩ががっしりしているので、よく「ラグビーとかされていたのですか?」なんて言われますが、球技はまったく苦手です。

何事にも凝り性なので、仕事はもちろん、地域の祭りの出し物など納得がいくまでやります。中途半端は嫌いで、やりすぎてしまうこともありますが。(笑)

奥出雲に戻ってから14年たちました。
これからも、この奥出雲の地で、家づくりのお手伝いをしていきたいと思っています。
どうぞ、よろしくお願いします。


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