第1章 営業マン誕生

新米営業マン奮闘記私(実兄・社長です)は元々ゼネコンで14年勤務しておりました。
東京から松江と徐々に近くに帰って来ましたが、長男という事もあり、『いつかは家に帰らなければ』、という考えは常に持っていました。
仕事的には大手の安定と、元々好きな仕事でしたので満足していましたが、実家で松崎建築と看板を掲げ木造建築の請負をしていたのが、常に気にはなっていました。

ゼネコンはコンクリートや鉄骨の建物が大半です。
純粋な木造建築なんてめったにありません。
コンクリートの建物の中でも木を使った部分は特に好きでした。30歳を過ぎたころから家業をどうしようかと考える日が続き、とうとう帰って家業を手伝う決心をしました。

親父(社長)に『仕事はどうかね?』と聞いたところ『仕事はなんぼでもあるよ』そもそもこれが間違いのもとでした(^^)そのころから、景気は急速に悪くなり建築業界も不況に突入してきました。でも、会社を辞めなければ良かったと後悔したことは一度も無かったですね。木造の魅力にどっぷり浸かっていましたから。(^^)

当初は職人+設計という体制でやっていましたが、その内一つの疑問が湧いてきたのです。
家づくりに関する一番大事なお客様の声というのがほとんど聞けていない。新築やリフォームの後に、本当のお付き合いが始まるのに、そのフォーローが出来ない。

もちろんやるからには業務拡大は必須条件だったので、新規のお客様からのお仕事も欲しい。やるからには成功したい。そこで感じたことは今の体制ではダメなんじゃないかと言う事でした。つまり、営業的な人間が必要という事です。

う~ん営業と言っても誰がやるのか?
手探り状態で、求人広告を出すのも勇気がいります。
もちろん優秀な人材なんて知りませんし、不安です。
そこにたまたま、弟(今の営業マンです)からの電話で、そんな私の思いを話したら、その日は『そうかー、むずかしいナー』と電話を切りました。

弟は元々、大工をしていましたが、事故で肩を壊し、しばらく大工職を離れていました。営業なんて当然やった事はないですが、私自身の思いに弟が営業をしてくれないかな?という期待もあり電話をしたと思います。

何日かした時に弟から電話で「ちょっと時間あるから話し出来ない?」という事でした。その夜遅くまで話しこんだと思います。私の思いを話すと、弟はうん、うん、と、うなずいていました。そして弟がしばらくの沈黙の後「うーん、やってみるべか?」と言ってくれたのです。

父(社長)もその場にいて喜んでくれたのを覚えています。
父は元々弟に大工もして欲しいと思っていたと思いますが、丁度肩の事もあったので、言った言葉が「よし、それなら制服の背中には、大きく“営業”と書いたのを作ろう」という発声でした。(笑)その制服を作ったかどうかは、言うまでもありませんね(^^;)これで営業マン誕生です。手探りでどうなるかは分からなかったけど、何か安心したのを覚えています。
さあここからは、弟に話してもらいましょう。


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